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ねんねこ通信

子守り唄をとおして、子育てや暮らしについて考えていきます。文献の中から探し出したり、地方へ出かけての取材もあります。発行は不定期です。

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最新号

題名: ねんねこ通信93号
日付: 2018/8/26(日)

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 ねんねこ通信 93号 2018.8  http://komoriuta.cside.com/
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◎目次

●8月の話題

●遠野のわらべ唄(菊池カメの伝えたこと)

●コラム−座敷童(子)(ザシキワラシ)

●編集後記
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◆8月の話題
 戦後は終わったと言われていますが、今になっても新しい事実が掘り起こされてき
ています。と言うより私が知らなかった事、忘れていた事がメディアに取り上げられ
てきたからです。戦災孤児は「駅の子」言われて社会から見捨てられたり疎まれたり
していました。その時の生き証人(本人)が当時の悲惨さを語っていました。傷痍軍
人のその後の話、シベリア抑留生存者のそれぞれの戦後、学童疎開での生活。まだま
だ知らないことが沢山あります。戦争の惨忍さ、平和を守るために真実を学ぶことの
重要性を痛感しています。
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◆遠野のわらべ唄(菊池カメの伝えたこと)
 
 菊池カメさんが幼い時、近所に住むおばあさんから教えてもらった唄とその意味を
聞き書きされた書籍から紹介します。わらべ唄は、庶民の暮らしの知恵を子孫に伝え
る貴重な伝承行為でした。

 からすぁ母親(あつぱ) 何処(どっちゃ)行った
 万庶(ばんじょ)越えで 荘(しょう)越えで
 麹(こうず)買えに 罷(まが)った
  ※熊野のお使いがらすは何処へ行ったか。からすは沢山人が住んでいる町や村の
  上を飛んで麹を買いに行った。
 何升 麹買ってきた 4升(すしょう) 麹買ってきた
 師匠(すしょう)どんの上臈(じょうろう)は
 神の前(めえ)で孕んで
 仏(ほどけ)の前で 坊 産(な)すた
 その坊の名は何と申します
 つくつん太郎ど申します
  ※4升は語呂合わせで「師匠」に変わる。師匠は位の高い人、そこに囲われてい
   る上臈が男の子を産んだ。ここでは神の申し子。名前はつくつん太郎。
 つくつん太郎の御厩(おんまや)さ
 なんぼ馬ぁ 買(け)え込(ご)んだ
 四十六疋(すじゅうろっぴき)買(け)え込(ご)んだ
 どの馬の毛色(けえろ)が良(え)え
 油めって 照(で)らめって
 中の馬の毛色が良え
 毛色の良え馬さ
 貝に反(そ)った 鞍置えで
 何処まで乗ってった
 鎌倉まで乗ってった
  ※つくつん太郎は成人して四十六疋(沢山のという意味)も馬を買った。どんな
  馬が良いかというと、照り輝くように光っている毛色の馬が名馬だ。その馬に貝
  みたいに反った鞍(鎌倉時代の鞍を表している)を置いて、鎌倉めざして行った。
 鎌倉(かんまくら)のねんずみは
 あんまり悪い ねんずみで
  ※鎌倉のねずみとは源頼朝のことで、遠野の百姓にとっては、頼朝はずる賢くて
  人の食べ物を盗むネズミのような人間だ。
 仏の油ぁ し盗んで 
  ※仏は平清盛を指していて、油はその勢力を表している。頼朝は自分では戦わず
  義仲や義経に平家を攻めさせ、勝つ見込みがたったところで出て行って、勝ちを
  自分のものにした。ずるいやり方だ。
 前髪(めえがみ)に べったぁり
 後髪(うつしよがみ)に べったぁり
 京の町(まづ)に立ったれば
  ※頼朝は清盛から奪った油(勢力)を、前髪にも後髪にもべったり塗って公家の
  真似をして京の町に立った(都を支配しようとした)。
 犬(えぬ)にワンとほえられで
 明日(あした)の町に立ったれば
 猫にニャンとえがまれだ
  ※すると犬(密偵)にワンとほえられた(密偵に見つかってしまい、京の町に入
  れなかった)。それでも懲りずに入ろうとしたら今度は猫(検非違使−−京を守
  る役人)に睨まれて入れない。
 犬殿(えぬどの)犬殿許しぇんしょう
 猫殿(ねごどの)猫殿許しぇんしょう
 戻りにぁ 酒買いましょう
  ※見張りの人も、役人の人も許してください。帰りに酒を買いますから。酒を買
  うということは謝罪の意味を表しています
 百に米ぁ 一石(えづごぐ)
 十文に酒ぁ 十(とお)ししゃげ
  ※百文だと米が一石買える。十文出せば酒は十ししゃげ(一ししゃげは一升)買
  える。結局、頼朝は馬鹿なことをしたものだ。
  
 頼朝を遠野の人たちが憎んだわけは、鎌倉時代になって年貢の取り立てが急に厳し
くなった。頼朝は平泉の藤原氏を滅ぼして奥州を手に入れたあと、合戦に功労があっ
た御家人の阿曽沼(あそぬま)氏に遠野十二郷を与えて支配させた。阿曽沼は地頭や
代官を置いて百姓から年貢を厳しく取り立てた。権力者が憎しみの対象になったのは
いつの時代でも同じです。

おずな おばな 鉈(なだ)一丁(えっちょう) かしもしえ
花こ折りにえぁもされ 何花折りさ 黄金花(こがねばな)折りさ
一枝折ってぁ 引っ担ぎ 二枝折ってぁ 引っ担ぎ
三枝目に日ぁ暮れで 蕎麦打づ小屋さ 宿とって泊った
暁 起きて見だれば 金銀のような上臈が
寺がら下りだ 何装で下りだ 袴装で下りだ
ひっこ山の ひっこのご 竹山のたげのご
ひっこど やけっこど 蛤貝(はまぐりげえ)っこど
庭踊(おん)どる 小雀
※ここで唄っている黄金花は砂金のことで、一つ目二つ目三つ目の沢で砂金を取っ
ているうちに日が暮れてしまい、農作業の小屋に泊まった。翌朝早々に山を下りよう
としたら、山寺から下りてくる小袖袴を着た上臈に出合った。この上臈は和尚さんと
男と女の営みをしていたのであろう。終わりの3行はその行為を比喩しています。竹
山はお寺、たけのごは和尚さん、落ちぶれた上臈のことをこの辺りでは「ひっこっ」
と呼んでいたそうです。もう一つ裏をかえせば、ご政道を風刺した唄なのです。以上
の二編は遠野地方で子守唄として唄い継がれています。(MC02 遠野わらべうた)
参考図書(遠野のわらべ唄 伊丹政太郎著 岩波書店)
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◆コラム−座敷童(子)(ザシキワラシ)
 広辞苑第7版によると『東北地方の旧家に住むと言われている家の神。小児の形を
して顔が赤く、髪を垂れているという。枕返しなどのいたずらもするが、居なくなる
とその家が衰えるという。』と書かれていました。
 もう少し調べてみると、様子としては、赤面垂髪の5〜6歳くらいの小児。性別は
男女両方で、男児は絣か縞の黒っぽい着物、女児は赤いちゃんちゃんこや小袖、時に
は振袖を着ている。民間伝承として、座敷わらしがいる家は栄え、去った家は衰退す
る。福の神や守護霊とみられている。また、幼くして亡くなったり間引きされた子の
霊の存在であったりとか、村落共同体の暗部の象徴との指摘もありました。

 岩手県には「座敷わらしに会える」と言われている宿があるそうですが、ちょっと
興味がわきますね。
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◆編集後記
 子守唄に隠されている物語、庶民の知恵がうっぷん晴らしのように表現されていて
同感できるものがあります。地域の歴史の証言ですね。
 御岳山に咲くレンゲショウマを見に行ってきました。うつむき加減に咲く花で、白
と紫のグラデーション、ガクに守られて内側に咲いているのが花です。蕾は丸い玉で
薄緑色です。徐々に色付き可憐な姿へと変身するのです。
 この夏の暑さは「災害」に指摘すると言われました。植物もへきえきしています。
十数個実をつけたイチジク、完熟することなく途中で落ちてしまいました。残念!
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